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明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

地上レーダーによる捕捉

イギリス空軍の爆撃機は開戦以来、北海を横切って、ヴィルヘルムスハーフェン軍港などのドイツ艦艇に対して白昼爆撃をしかけていました。
1939年12月14日、悪天候の中をヤーデ港に停泊している巡洋艦をヴィカーズウェリントン」12機が襲いました。第77戦闘航空団JG 77)が迎撃し、強力な対空砲火もあり6機を撃墜しました。

ヴィカーズ「ウェリントン」イギリス空軍はこの損失の主因を対空砲火によるものと判断し、戦闘機の攻撃は考慮に入れていませんでした。緊密な編隊を組んだ爆撃機隊には戦闘機を寄せ付けないと考えていたからです。
実際に1939年12月3日の艦船攻撃では、がっちりと編隊を組んだ「ウェリントン」24機がBf 109の邀撃を振り切って全機帰還しました。

晴天に恵まれたヘルゴラント島ヴァンガーオーゲ島の「フライア」が1939年12月18日13時50分に敵機を探知。ヴァンガーオーゲ島にある空軍用の「フライア」によるとヴァンガーオーゲ島の洋上110kmに44機(実際には22機)の敵機が確認されました。
空軍と海軍との相互通信連絡網がまだ完備していなかったので、ヘルゴラント島の海軍用「フライア」からは面倒な迂回手続きが必要でしたが、空軍用「フライア」からは、直通電話で戦闘機隊へ連絡ができました。
ヨハネス・シュタインホフすぐさまイェファーに駐屯している第2戦闘航空団第10中隊(10./JG 2)がヨハネス・シュタインホフ中尉1913年9月15日ドイツ空軍の指揮の下に出撃しました。
この間にイギリス空軍の爆撃機はヴィルヘルムスハーフェン軍港上空に達し、第77戦闘航空団第II飛行隊(II./JG 77)、同第III飛行隊(III./JG 77)、第101戦闘飛行隊のBf 109のほか、第76駆逐航空団第I飛行隊(I./ZG 76)のBf 110C型16機も出撃しました。
約30分の空戦の結果、10機がドイツ軍によって撃墜、2機が帰還途中に墜落、3機がイギリスの海岸で不時着大破しました。
損失は15機にもおよび実に2/3を失う結果になり、爆撃機編隊の防御力の強さなど吹き飛びました。なおドイツ側の損失は2機でした。

この時、ヴァンガーオーゲ島の「フライア」警戒レーダーを操作していたヘルマン・ディール少尉ドイツ空軍はレーダーによる味方機の誘導に関心を持ち、これに賛同したのが第1駆逐航空団ZG 1)にいたヴォルフガング・ファルク大尉1910年8月19日ドイツ空軍でした。1940年にファルク大尉1910年8月19日ドイツ空軍はこの経験を元に「フライア」を使った薄暮邀撃を実施するのでした。

この空戦は早期警戒レーダーが初めて実戦に貢献したものとして名高いものですが、昼間戦闘にも関わらずのちの夜間戦闘に深く関与した二つの事件がありました。
一つは大損失を受けたイギリス空軍が燃料タンクに防弾装備もない爆撃機の脆さを自覚し、これ以降の爆撃機隊の作戦を夜間に切り替えたこと、随伴戦闘機が居ない状態では当然の方針変換でした。
敵が夜に来ることになれば戦闘機部隊の夜間邀撃能力も向上させなければなりません。イギリス空軍の戦法転換が、ドイツ空軍の本格的な夜間戦闘部隊の設立を促すことになりました。
もう一つはこの空戦で「ウェリントン」2機を撃墜した第76駆逐航空団第I飛行隊(I./ZG 76)のヘルムート・レント少尉1918年6月13日ドイツ空軍は、5年後の事故死まで夜間戦闘のエースとして君臨することになり、また1機撃墜ののち被弾した第76駆逐航空団第2中隊長(2./ZG 76)のヴォルフガング・ファルク大尉1910年8月19日ドイツ空軍は、半年後にできる夜間航空団指令の椅子が待っているのでした。

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投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2009年3月 3日 08:35 更新日時:2010年3月13日 02:15
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1939/1939_04.shtml

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