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明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

遠距離夜間戦闘

1940年8月、カムフーバー大佐1896年8月19日ドイツ空軍は夜間にイギリス上空に侵入し、敵爆撃機を破壊する積極的な夜間攻撃に関して、部下の意見を求めました。「遠距離夜間戦闘」の始まりでした。カムフーバーの想定していた夜間戦闘部隊の任務は第1に、言うまでもなく、敵機の夜間爆撃に対するドイツ本土の防衛でした。それに加えて、第2の任務はイギリス本土への長距離進攻する積極防空を行うことでした。

イギリス本土への夜間進攻の手始めは、ギルゼ-レイエン(オランダ)に展開していた1940年7月23日に第1夜間航空団第II飛行隊(II./NJG 1)によって実施され、2機のビッカースウェリントン」を撃墜し、戦法の有効性を証明しました。この「遠距離夜間戦闘」の組織的運用の為、カムフーバーは完全編成の2個航空団・18個中隊の編成をゲーリングから了解を得ていました。
まず1940年9月1日にオランダのギルゼ-レイエン第2夜間航空団第I飛行隊(I./NJG 2)が設立されました。第2夜間航空団第I飛行隊(I./NJG 2)の人員と機材は第1夜間航空団第II飛行隊(II./NJG 1)から移し、飛行隊長は第1夜間航空団第II飛行隊(II./NJG 1)の飛行隊長だったカール-ハインリッヒ・ハイゼ大尉ドイツ空軍が着任しました。第2夜間航空団第I飛行隊(I./NJG 2)の編成は以下の通りです。

  • 第2夜間航空団第I飛行隊本部(Stab I./NJG 2)は第1夜間航空団第II飛行隊本部(Stab II./NJG 1)から編成されました。
  • 第2夜間航空団第1中隊(1./NJG 2)は第1夜間航空団第4中隊(4./NJG 1)から編成されました。使用機材はJu 88C-1
  • 第2夜間航空団第2中隊(2./NJG 2)は第1夜間航空団第5中隊(5./NJG 1)から編成されました。使用機材はDo 17Z-7とDo 17Z-10
  • 第2夜間航空団第3中隊(2./NJG 3)は第1夜間航空団第6中隊(6./NJG 1)から編成されました。使用機材はJu 88C-2

なお戦力が抜けた第1夜間航空団第II飛行隊(II./NJG 1)は第1夜間航空団第3中隊(3./NJG 1)と第76駆逐航空団第I飛行隊(I./ZG 76)からあてがわれ、1940年9月7日にデーレン(アーネム)で以下のように再編成されました。

  • 第1夜間航空団第II飛行隊本部(Stab II./NJG 1)は第76駆逐航空団第I飛行隊本部(Stab I./ZG 76)から編成されました。
  • 第1夜間航空団第4中隊(4./NJG 1)は第1夜間航空団第3中隊(3./NJG 1)から編成されました。
    (移動した第1夜間航空団第3中隊(3./NJG 1)には第76駆逐航空団第3中隊(3./ZG 76)が移動してきた)
  • 第1夜間航空団第5中隊(5./NJG 1)は第76駆逐航空団第2中隊(2./ZG 76)から編成されました。
  • 第1夜間航空団第6中隊(6./NJG 1)は第76駆逐航空団第3中隊(3./ZG 76)から編成されました。

なお第1夜間航空団第II飛行隊(II./NJG 1)を丸ごと第76駆逐航空団第I飛行隊(I./ZG 76)で補充せず第1夜間航空団第4中隊(4./NJG 1)だけ他の夜戦中隊で補ったのは、夜戦経験のない駆逐航空団を教育する為だと思われます。このように夜間航空団の拡充は枝分かれ式に行われてゆくのでした。

遠距離夜間戦闘の開始

遠距離夜間戦闘を行う部隊は、ギルゼ-レイエンスキポールデュッセルドルフから出撃し、その攻撃方法は以下の通りでした。

  1. まず空軍の無線傍受部隊が、イギリス空軍基地で無線調整中の爆撃機の電波を捕捉する。敵電波から得た情報、すなわち出撃基地と規模を、第2夜間航空団第I飛行隊本部(Stab I./NJG 2)へ連絡。
  2. 夕刻から待機中である第1波の夜間戦闘機隊が発進、北海を越えてイギリス空軍基地(多くはイギリス東部のもの)上空に到達。この間も無線傍受部隊から敵部隊の状況がもたされる。
    敵の夜間発進時は基地に照明灯が付き、照明弾も打ち上げられるので格好の目標になる。ここで夜間戦闘機は地上の爆撃機群を銃撃し、離陸後まもない敵機に襲いかかる。
  3. 撃ち漏らした敵機は第1波の情報を得て、第2波が敵進行コース上で待ち構えて攻撃を行う。ドイツ本土に進入した敵機は夜間航空団NJG 1)が邀撃を行う。
  4. 第1波と第2波が出撃した数時間後に、こんどは第3波が敵基地に向けて出撃。帰投し航法灯を照らしながら着陸の順番を待っている敵機を銃撃する。また50kgの破砕爆弾を着陸済みの敵機に向けて投下する。

1940年9月から「遠距離夜間戦闘」を開始した第2夜間航空団第I飛行隊(I./NJG 2)が年末までに上げた戦果は合計18機でした。これは同年7月から12月までに夜間航空団の戦果の7分の3にあたりました。
作戦の有効性が判明した1940年10月には、ゲーリングから3番目の遠距離夜間航空団の編成が許可されました。戦力強化策がそのまま実行できれば、300機以上の大型夜間戦闘機を擁することになるはずでしたが、実際には正反対のコースをたどることになりました。

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メタデータ:

投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2009年3月 4日 21:55 更新日時:2010年3月13日 02:49
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1940/1940_08.shtml

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