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明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

ヘルムート・レントの開眼

1940年12月に、昼間戦闘機隊への転属を申請したヘルムート・レント中尉は、指令のヴォルグガング・ファルクにいましばらく留まるよう説得されました。説得され留まったレント中尉でしたが、その後しばらくはパッとした活躍はありませんでした。
1941年1月から第1夜間航空団第6中隊長(6./NJG 1)に任命されたレントは、部下達が初撃墜を上げる中、実らぬ出撃を繰り返していました。しかしついに1941年5月12日の夜に通算9機目、夜間での初撃墜を記録しました。この夜間での初撃墜はこれまでの8機の昼間撃墜に増して、ドイツ空軍に貢献するものでした。この撃墜から夜間戦闘に開眼したレントは、100機を越える驚異的な夜間撃墜を記録するからでした。

Paul Gildnerこれ以後、順調にスコアをかさねたレントは、1941年末までにヴェルナー・シュトライプ大尉の22機、パウル・ギルトナー曹長の21機に続いて20機に達し、第3位の夜間戦闘エースに成長するのでした。

ファルクの説得は効を奏しました。駆逐戦闘機で見せた昼間の空戦技術は、夜間戦闘にも通用したのでした。ファルクは駆逐航空団にいたときに7機の撃墜を果たしていましたが、第1夜間航空団司令となってからは出撃はせず、戦果はありませんでした。
しかし有能は指揮官はまた、部下に対する良き理解者であり、それに才能ある搭乗員が和して、夜間航空団は成長してゆきました。

ちなみに1941年末の時点で、撃墜10機以上の夜間戦闘エースは12名。このうち4名はイギリス本土上空で戦果をあげた第2夜間航空団第I飛行隊(I./NJG 2)のパイロットでしたが、残り8名は第1夜間航空団(NJG 1)の隊員、ないし同航空団から他の部隊へ転属した者たちでした。

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投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2009年3月22日 23:25 更新日時:2010年3月13日 21:13
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1941/1941_06.shtml

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