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明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

強化される夜間防空戦力

開戦4年目の1942年を迎えて、カムフーバーは「ヒンメルベット」基地の増設に拍車をかけました。 1941年末に6ヶ所だった北海沿岸の「ヒンメルベット」基地群は、1942年春までに11ヶ所に増え、間隔が詰まるとともに、履域も南西へ50kmほど伸びて、ベルギー沿岸に達しました。
基地と基地との間隔が狭まれば、電波の壁はより堅固になり、「暗い夜間戦闘」への参加機数も増加することができました。
サーチライト帯は1941年末まで「ヒンメルベット」の約50km後方に平行して走っているだけでしたが、最重要都市ベルリンをカバーするため、「く」の字形のサーチライト域が120kmにわたって築かれました。
また「ヒンメルベット」後方のサーチライト帯も130km南方へ延ばされて、ルクセンブルクまでを覆うようになりました。

ドイツ防空用の夜間戦闘機隊も、1941年1月の4個飛行隊+1個中隊から、1942年2月には7個飛行隊+1個中隊に増えていました。(第2夜間航空団第I飛行隊(I./NJG 2)はシチリア島へ転出していたため含まれていない)これを実質的な戦力の面で見れば下記のように増強されたことになります。

  1941年1月 1942年2月 増加率
装備機数 164機 265機 (62%増)
可働機数 106機 159機 (50%増)
延べ出撃機数 195機 367機 (88%増)

1942年の春を迎えると夜間航空団の戦力はさらに増え、まず3月に第2夜間航空団第III飛行隊(III./NJG 2)が新編されました。1942年4月には、もとの駆逐航空団に戻って東部戦線に引き抜かれたために消滅した第4夜間航空団第I飛行隊(I./NJG 4)と第II飛行隊(II./NJG 4)のうち後者が、残留していた第5中隊(5./NJG 4)を核として再編成されました。
さらに1942年5月、第4夜間航空団第III飛行隊(III./NJG 4)が加わりました。基幹になったのは、第1夜間航空団第1中隊(1./NJG 1)、第4中隊(4./NJG 1)、第8中隊(8./NJG 1)で第1夜間航空団の第I飛行隊(I./NJG 1)〜第III飛行隊(III./NJG 1)の各飛行隊から1個中隊ずつ抽出しました。
これで、第XII航空軍団指揮下の4個航空団の戦力は合計11個飛行隊、うちドイツを守るのは10個飛行隊に達しました。

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メタデータ:

投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2009年3月31日 21:49 更新日時:2010年3月13日 21:42
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1942/1942_01.shtml

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