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明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

夜間専用戦闘機

1942年なかばの時点で夜間航空団が使っていた戦闘機は、いずれも昼間用の航空機を改造した機材で、当初から夜間戦闘機として設計されたものではありませんでした。すでに述べたように夜間戦闘機は、重装備ができ敵の爆撃機より性能が上なら、極端に言えばどんな飛行機でも流用が可能でしたので、こうした機材の流用し、改造機を当てるということは得策でした。
たしかに最初から夜間戦闘だけに使う戦闘機を作れば性能を高められ、運用も改善される可能性はありました。しかし、新型機の開発は主力となる昼間用戦闘機などの開発で忙しい各メーカーの設計リソースを消耗させ、採用されれば生産ラインの確保も必要になり、既存機への影響も大きくなりました。

P-61第二次世界大戦中の各国で夜間戦闘専用の飛行機を作り、実戦に用いたのはドイツとアメリカだけで、そのアメリカもノースロップ P-61「ブラック・ウィドウ」だけでした。これもアメリカの国力と工業力だからなせる技で、イギリス、フランス、イタリア、日本などは既存機の改造ですませていました。しかしドイツは、あえて夜間用の戦闘機開発に挑みました。

He 219その代表は、1940年8月にハインケル社が自主開発で設計を行ったHe 219でした。He 219はもともとハインケル社内で1060計画機として開発を進めており、雷撃にも使える多目的戦闘機を目指していました。
1060計画機は前輪式降着装置、与圧式キャビン、遠隔操作式銃座(防御用)などの斬新なアイデアを盛り込んでいましたが、とりわけ前輪式降着装置が航空省技術局から「アメリカ式」として嫌われ、結局お蔵入りになってしまいました。

これを救ったのはカムフーバー少将でした。折しもドイツの夜空には4発のショートスターリング」やハンドレページハリファックス」、双発のアヴロマンチェスター」など新型の爆撃機が姿を現し始め、戦力強化のために新たな機材を求めていたところでした。
カムフーバーはヒトラーを説得し、1941年中に航空省から正式の開発許可をとりつけました。そして1942年の初め1060計画機はHe 219の名前で、夜間戦闘機専用機として開発が進められました。
同様にHe 219に期待をかけるヴェルナー・シュトライプ大尉も自身の経験を生かし、He 219の原型を見せ始めていた1942年半ばから設計改良に参加していました。

He 219が完成に近づいていた1942年5月末、イギリス空軍はドイツ本土に対し初めて1,000機を越える爆撃機を使った空襲を敢行しました。いよいよイギリス空軍によるドイツ本土夜間空襲が本格化した時期でもありました。

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投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2009年4月 1日 00:19 更新日時:2010年3月14日 23:24
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1942/1942_03.shtml

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