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明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

夜間航空団の対重爆撃機迎撃

ハンス-ヨハヒム・ヤープス1943年2月4日にB-17の搭乗員が目撃したのが、初めて昼間迎撃に加わった第1夜間航空団第IV飛行隊(IV./NJG 1)のBf 110でした。
第1夜間航空団第IV飛行隊
(IV./NJG 1)の基地があるオランダのレーワンデルから発進したBf 110の8機の指揮を第11中隊(11./NJG 1)長のハンス-ヨハヒム・ヤープス大尉が指揮をとっていました。
彼は終戦までに31機の夜間撃墜(昼間19機)を達成するエクスペルテンでした。

本来なら、この編隊を率いるのは第1夜間航空団第IV飛行隊(IV./NJG 1)長のヘルムート・レント少佐のはずでした。しかしヴォルフガング・ファルク少佐に留意されて、夜間航空団に残ったレントは急激にスコアをかさね、昼間迎撃を行う一ヶ月前の1943年1月8日には50機目の夜間撃墜を達成し全夜間航空団のトップエースにのし上がっていました。
指揮の交代はレントが出撃を拒んだのではなく、いまや夜間航空団のエクスペルテンとなった彼を副次的な任務で失うのを上層部が恐れたからでした。
そして、やがてこの危惧は当たり、レントこそ無事だったものの有能な夜戦搭乗員を昼間迎撃で失うのでした。

対重爆撃機用のBf 110G2/R1ヤープス大尉以下の8機のBf 110は、反航攻撃を行う第1戦闘航空団JG 1)のFw 190に呼応し攻撃にうつりました。第76駆逐航空団ZG 76)当時の「バトル・オブ・ブリテン」以来の、ひさびさの昼間戦闘でした。

Bf 110は2機ずつでB-17に対し前方攻撃に入り、まずシェーラー軍曹機、ついで1機を撃墜したナウマン軍曹機が敵弾を受け離脱しました。1機のB-17が被弾で遅れ、これにBf 110が2機向い、傷つきながらも強力な防御火力を誇るB-17に前後左右から攻撃をしかけハインツ・グリム曹長がようやく撃墜しました。
この邀撃でアメリカ陸軍第8航空軍は5機のB-17を失いましたが、うち1機はドイツ上空でFw 190に落とされ、残り4機は北海上空まで追撃したBf 110の戦果でした。

一方、第1夜間航空団第IV飛行隊(IV./NJG 1)は、ナウマンとグリムが撃墜した2機にヤープス大尉の1機を加えて、3機のB-17撃墜を報じました。
しかし、その代償は決して安くありませんでした。
Bf 110が1機撃墜されてフリージア諸島アメラント島に胴体着陸。基地へ帰った7機も1機が胴体着陸したほか、全機とも被弾が激しくすぐに夜の迎撃に使える状態ではありませんでした。

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投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2009年6月14日 17:41 更新日時:2009年6月19日 00:37
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1943/1943_02.shtml

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