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明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

H2Sの実践投入

1943年2月の夜間航空団NJG)の戦力は装備予定数653機に対して、2月10日の時点で477機、うち可動機数は330機でした。可動機は全体の半分とはいえ、1942年末に比べて50機近く増えていました。
一部が地中海方面へ進出中でしたが、1年前の2倍を越えるところまでこぎつけていました。全体としての戦力は増強されていましたが各夜間戦闘隊の基地はドイツ各地に散らばっており守備範囲が決まっていたので、敵が数百機で集中して攻めてきた場合には投入できる戦力が限られました。

一方、イギリス空軍の爆撃機は約600機がアブロランカスター」、ハンドレページハリファックス」、ショートスターリング」の4発爆撃機で、約250機がビッカーズウェリントン 」、そして約30機が新型のデハビランドモスキート」で、合計約880機でした。
このうち新たに加わったモスキートの一部は爆撃地点への誘導装置の「オーボエ」と地形表示レーダーのH2Sを装備したパスファインダー(先導・目標指示機)でした。パスファインダーは目標地点に指示弾を落とし、爆撃精度を高める役割を持っていました。

H2Sを装備したパスファインダーのモスキートH2Sは波長10cm以下のマイクロ波を使い、PPI方式のスコープに映像を映し出す第2世代の高性能レーダーでした。イギリス軍はH2Sが敵の手に落ちてコピーを作られる事を恐れていましたが、たとえ奪われても実用化に1年から1年半かかると判断して1943年1月30日のハンブルク爆撃で初使用しました。

そして1943年2月2日のケルン爆撃に参加したスターリングがロッテルダム近郊で撃墜され、墜落機を検分にきたドイツの技術者は機内からH2Sを発見しました。H2Sはすぐにベルリンのテレフンケン社に持ち込まれ「ロッテルダム」と名付け、ドイツ軍が開発に遅れているマイクロ波レーダーであることを認めると、H2Sをベースに6種類の新型レーダーの開発に着手しました。

コーフー同時に夜間戦闘機用の装備としてH2Sの発射波を感知する「ナクソス」と、地上用の「コーフー」の開発計画も決まりました。
しかしこのH2Sは1943年3月1日のベルリン夜間空襲でテレフンケン社の工場が爆撃されたときに破壊されてしまいましたが、皮肉にもこのベルリン爆撃でパスファインダーのハリファックスが撃墜され、新たなH2Sがドイツ軍の手にわたるのでした。

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メタデータ:

投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2009年6月20日 02:24 更新日時:2009年6月28日 19:12
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1943/1943_04.shtml

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