1. メニューへ移動
  2. 本文へ移動

明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

リヒテンシュタイン装備の1943年の夜間戦闘機

1943年3月5日から7月に至るまでルール一帯はイギリス空軍によって300機から700機による大規模な夜間爆撃を43回も受けました。しかし夜間航空団NJG)も奮闘し、しばしばイギリス爆撃機兵団の出撃機数の5%を超える損害を与えました。
5%といえばわずかな数値に思えますが一回あたり20機前後の損失となり、人員の損失は100数名に上るのでイギリス爆撃機兵団にとって補充の追いつかない損失でした。

ドイツ本土を守る夜間航空団NJG)の戦果はイギリス空軍によるルールへの爆撃が始まるとともに急激に増加しました。
1943年2月の61機が3月には96機、4月161機、5月は167機、そして6月にはついに200機を撃墜し最終的に223機まで達しました。この戦果の原因はルール夜間爆撃を中心に来襲する敵機が月間5,000機台に達し、前年の2,000〜3,000機台を大きく越えたことと、夜間航空団NJG)の装備機数の増加が上げられます。

ドイツ本土を守る夜間航空団NJG)の戦果はイギリス空軍によるルールへの爆撃が始まるとともに急激に増加しました。
1943年2月の61機が3月には96機、4月161機、5月は167機、そして6月にはついに200機を撃墜し最終的に223機まで達しました。この戦果の原因はルール夜間爆撃を中心に来襲する敵機が月間5,000機台に達し、前年の2,000〜3,000機台を大きく越えたことと、夜間航空団NJG)の装備機数の増加が上げられます。

しかし、もう一つの要因は機上搭載レーダーFuG 202 リヒテンシュタイン B/Cの改良と普及でした。
試作型では発射波の円錐状の覆域が30°だったのが、量産型では2倍以上の70°へと大きく広がり、索敵と捕捉能力が大幅に向上しました。
搭乗員たちも「リヒテンシュタイン」有用性と操作に慣れ、「ヒンメルベット」に誘導されて、後は自機のレーダーで敵を捕捉し次々と撃墜するようになりました。
たとえば一晩で5機以上の撃墜をしたパイロットは1942年9月17日に第1夜間航空団第3中隊(3./NJG 1)長のラインホルト・クナッケ大尉だけでしたが、1943年になると3月に1人、5月に2人、6月に3人と増えました。
FuG 202 リヒテンシュタイン B/Cの普及率も1943年7月には全機数の80%に達し、夜間戦闘機には不可欠の装備との評価が定着しました。1943年6月にはB/C型と同性能で機内装置を簡略化したFuG 212 リヒテンシュタイン C-1が登場し、広く普及し始めました。

FuG 202 リヒテンシュタイン B/Cを装備したBf 110G-4夜間戦闘機も改良が進み、Bf 110F型のDB601F(離昇出力1,300馬力)をDB605B-1(1,475馬力)に換装したBf 110G-4が1943年初夏から配備され始めました。

本来Bf 110はF型で生産が終了し、Me 210に切り替えられるはずでしたが、Me 210が欠陥機だったためBf 110の生産が続行されG型が開発されました。
その夜間戦闘機型でレーダーを装備したのがBf 110G-4で、機種武装がMK108 30mm機関砲2門に強化されました。
Bf 110E型とBf 110F型に実験的に装備されていたFuG 202 リヒテンシュタイン B/CはBf 110G-4で本格的に装備され搭乗員を増やして3座へと変わりました。
搭乗員の配置は前方からパイロット、無線手兼レーダー手、最後尾に防御用の7.92mm機銃を扱う機銃手という構成になり、レーダー非装備の複座駆逐型のBf 110G-2も少数機が夜間航空団に配備され、こちらは主に昼間邀撃に用いられました。

FuG 202 リヒテンシュタイン B/Cを装備したDo 217N-2Do 217も応急改造型のJ型に続いて1943年1月からエンジンをDB603A(1,750馬力)に換装し、出力を向上させたDo 217N-1の配備が進みました。
1943年5月からは風防後部の防御機銃を除去し、胴体下部を木製のフェアリングで覆った最終型のDo 217N-2が加わりました。Do 217シリーズはこれまでのDo 17やDo 215と違って、本格的な生産ラインに乗り1943年9月まで月産20機前後が継続して生産されました。

FuG 202 リヒテンシュタイン B/Cを装備したJu 88R-1Ju 88はFuG 202 リヒテンシュタイン B/CおよびC-1装備のJu 88C-6bが主力になっており、C-6の空冷のBMW801MA(1,600馬力)を装備したJu 88R-1もレーダーを積んで実戦に参加していました。
かつては長距離夜間戦闘部隊にしか配備されていなかったJu 88は第1夜間航空団NJG 1)〜第4夜間航空団NJG 4)、第6夜間航空団NJG 6)に配備され、Do 217も第1夜間航空団NJG 1)〜第5夜間航空団NJG 5)に配備されました。

カテゴリ:

メタデータ:

投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2009年6月21日 21:17 更新日時:2009年6月28日 19:07
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1943/1943_07.shtml

関連記事一覧

  1. アメリカ陸軍第8航空軍のドイツ本土爆撃
  2. 夜間航空団の対重爆撃機迎撃
  3. 対重爆撃機迎撃による夜間航空団の損失
  4. H2Sの実践投入
  5. ハヨ・ヘルマンの単発夜間戦闘機隊
  6. ルールの戦闘
  7. リヒテンシュタイン装備の1943年の夜間戦闘機
  8. ハインケル He 219の初陣
  9. 暴かれたリヒテンシュタイン
  10. ウィンドウの実戦投入とドイツレーダー網の崩壊
  11. 第300戦闘航空団(JG 300)「ヴィルデ・ザウ」の創設
  12. 20世紀のゴモラの街
  13. ヴィルデ・ザウとハンブルクの戦い
  14. イギリスの報復と無差別爆撃の始まり
  15. ツァーメ・ザウ
  16. シェーネルトの対爆撃機用兵器
  17. ヒドラ作戦(ハイドラ作戦)
  18. シュレーゲ・ムジーク
  19. カムフーバーの更送
  20. ベルリン爆撃の開始
  21. 1943年のベルリン爆撃
  22. 1943年の総決算