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明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

ウィンドウの実戦投入とドイツレーダー網の崩壊

1943年6月24日に、カムフーバーは夜間戦闘隊の増強計画と新誘導方式の開発計画をヒトラーに提案しましたが、一言のもとに拒否されてしまいました。
この時、カムフーバーが出した増強計画は1943年6月の時点で5個夜間航空団NJG)、18個の夜間飛行隊NJGr)を18個夜間航空団NJG)と3倍以上に膨らませる内容でした。
そもそもヒトラーを怒らせた原因は、増強計画そのものではなくカムフーバーが説明の冒頭に用いた「米軍機の生産数は月産5,000機以上」という、国防軍最高司令部情報部のデータでした。しかしヒトラーはこの情報を「デマ」と決めつけました。

実際はアメリカ陸軍だけで1943年の平均月産数は5,700機強

カムフーバーはこの日を境に、ヒトラーの覚えを悪くしてしまいました。このため一端はカムフーバーの提案を了承したゲーリングはヒトラーの怒りを恐れ、手のひらを返すように却下してしまいました。

こうして大規模なレーダー網を必要とする「ヒンメルベット」方式の夜間戦闘の発展は、壁にぶつかっていました。
そして追い打ちをかけるようにイギリス空軍の新兵器が投入されるのでした。

カムフーバーの映画ユトランド半島およびハンブルクブレーメンなどのニーダーザクセン地方は第2戦闘師団(2. JD)管区に属し、第3夜間航空団NJG 3)の4個飛行隊の担当空域でした。
1943年7月2日の夜もハンブルク西方シュターデの第2戦闘師団司令部は、侵入した敵機を追って活発に活動していました。司令部の作戦指揮室には、多数の誘導将校、連絡将校らが机につらなり、正面の壁面に設置された高さ14mの巨大なガラスの投影盤を見ながら、夜間戦闘部隊や「ヒンメルベット」基地と連絡をとっていました。

この大ガラス盤は細かに数十のマス目に仕切られ、その一つ一つに担当の女性がついて、レーダー基地群からの報告とおりに裏面からプロジェクターで敵位置をマス目に点灯し、味方機の位置表示は表面から後上方に位置した数十名がスポットをあてるようになっていました。
まさに「カムフーバーの映画」「戦闘オペラハウス」とあだ名されたとおりの情景でした。

大ガラス盤の上では、イギリス空軍の編隊を示す光点の集団が北海を東へ向かって進んでいました。
この司令部近くのシュターデフェヒタなど6ヶ所に基地を置く第3夜間航空団NJG 3)の夜間戦闘機は連絡を受けるとすぐに発進し、「ヒンメルベット」基地上空で待機中でした。
東進してきた大編隊はエルベ川北方をめざして飛んでいましたが、その光点の集団がしばらくたっても動かなくなりました。
不思議にもガラス盤上に止まったままで、通常ではありえない事態に司令部は騒然となり、通信将校が各レーダー基地に連絡を取り始めました。

最初に異変を通報してきたのは、ヘルゴラント島の「ヒンメルベット」基地「ザリガニ」で、「ヴュルツブルク」邀撃レーダーのスコープがひたすら感応表示になっているということでした。他の「ヒンメルベット」基地からも情報が入ってきましたが、どれも同じようなことを伝えてきました。
ただ長波長の「フライア」「マムート」「ヴァッセルマン」からはどうにか敵編隊を追える、との通報を受けました。
しかし警戒レーダーだけでは戦闘にならず、敵機の正確な位置を掴んで戦闘機を誘導し、高射砲やサーチライトに目標を教える「ヴュルツブルク」や「ヴュルツブルク・リーゼ」邀撃レーダーに頼るしかありませんでした。

「ウィンドウ」を撒くランカスター空中で待機する夜間戦闘機群も同じような状態でした。第3夜間航空団NJG 3)の戦闘機は、自機の「リヒテンシュタイン」で敵機を補足しましたが、敵機を目視できないうちに目標感知空域を通り越していまい、次々と目標を捕らえましたが結果は同じでした。

そのうちに各地に散らばっている目視監視哨から、空からキラキラ輝く雲がゆっくり降りてくるととの報告がもたらされました。
これがイギリス空軍がこれまで躊躇して実戦での使用を控えていた、レーダーを攪乱する「ウィンドウ」でした。

ショート スターリングしかしこのような状況でも戦果をあげた者もいました。
第3夜間航空団第2中隊(2./NJG 3)のハンス・マイスナー軍曹とレーダー手のヨーゼフ・クリンナー伍長のBf 110は何度も手応えのない敵に接近し、そのつど失望していました。ところがクリンナー伍長は3個スコープに移るジグザグの輝線はどんどん動いていくが、一つだけ「^」型になったまま、ほとんど動かないものがあるのに気付きました。
マイスナー軍曹はクリンナー伍長の指示に従い自機を目標に向かわせると、やがて2人が見たのはショートスターリング」の巨大な姿でした。
クリンナー伍長がレーダーに見た動いているジグザグは「ウィンドウ」で、動かないものが、偶然に彼らと同方向に飛んでいた「スターリング」だったのでした。

ほかにも第3夜間航空団第2中隊(2./NJG 3)のBf 110がデンマーク南方で「ハリファックス」を撃墜しました。こちらも「ウィンドウ」の覆域から外れた場所で敵を見つけた稀なケースでした。

しかし、こうした戦果は例外的なもので大多数の夜間戦闘機はむなしく飛び回り、高射砲は命中せず、サーチライトはやみくもに夜空をかきまわすだけでした。
カムフーバーと夜間航空団の隊員、そして技術者達が築き上げた電波の壁が、単なる紙切れによって崩壊したのでした。

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メタデータ:

投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2009年6月29日 00:01 更新日時:2009年6月30日 22:20
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1943/1943_10.shtml

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