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明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

シュレーゲ・ムジーク

1943年8月17日から18日のヒドラ作戦(ハイドラ作戦)邀撃戦でその有効性を発揮したシュレーゲ・ムジークはさらに実績を重ねていきました。
マンフレート・モイラー 9月末までにあげた戦果について、第5夜間航空団第II飛行隊(II./NJG 5)長のマンフレート・モイラー大尉は「実験的に用いたシュレーゲ・ムジークにより、被弾無く18機を撃墜」との報告書を提出し、大きな反響を呼びました。
シュレーゲ・ムジークは正式な兵器に認められ、R22の仕様記号を与えられて各夜間航空団NJG)の所属機に改装が進められたほか、以後生産されるほとんどの双発夜間戦闘機への取り付けが決まりました。

機軸に対する据え付け角度は、フォン・ロスベルクが考えた数値が基準でしたが、70°を超えて78°まで急勾配に立ち上げた例もありました。
日本陸海軍「斜銃」「上向き砲」による攻撃方法シュレーゲ・ムジークが日本の斜銃や上向き砲に比べ急勾配に装備されていた理由は、ドイツ夜間戦闘機の攻撃方法にありました。
前述した通りドイツ夜間戦闘機による爆撃機への攻撃は、爆撃機下面から上昇して攻撃するものでした。
これはイギリス空軍爆撃機の下面防御火力が弱かったのと、下から攻撃したほうが目標の投影面積が大きくなり、視界が制限される夜間でも命中打を得やすいという利点がありました。

爆撃機後方から近づいた場合、尾部銃座手によって発見される恐れがあり、尾部銃座からの反撃が予想されました。しかしドイツ夜間戦闘機が恐れた理由は別にありました。
当時イギリス空軍が常用していたコークスクリューと呼ばれる機動を取られると、夜空では簡単に目標を見失い、いかに機上搭載レーダーを装備しているとはいえ、再び発見するのは困難だからでした。
ドイツ空軍「シュレーゲ・ムジーク」による攻撃方法その為、シュレーゲ・ムジークを使用した攻撃もこの上昇してから爆撃機下面を狙う方法を踏襲し、爆撃機下で同航しつつじわじわと高度を上げ、爆撃機下面に張り付き射撃を加えるため急勾配で装備されていたと思われます。

ドイツ空軍ではこの兵器の存在を隠すため、原則的に曳光弾は用いず、1944年になって撃たれながら帰還した爆撃機を見て、イギリス空軍はその存在を知りましたがシュレーゲ・ムジークを抑える方法はありませんでした。

1943年から1944年にかけての英軍爆撃機の損失の80%はシュレーゲ・ムジークによるものと云われており、その後はレーダー警戒装置や新型機などの対抗策によって戦果は落ちていきましたが、相当の戦果を挙げました。

第二次大戦中にイギリス空軍爆撃軍団でオペレーションズ・リサーチに携わっていたフリーマン・ダイソンシュレーゲ・ムジークについて次のように語っています。

シュレーゲ・ムジークによって新米クルーもベテランクルーも同じように攻撃された。この結果を真剣に受け止めていなかった。我々はもっと真剣に対応して、もっと早くシュレーゲ・ムジークへの対抗策を講じるべきであった。」

また「ウィンドウ」によって無力化したレーダーにも、新たな策が施されました。

機上搭載レーダーは1943年9月から新型のFuG 220 リヒテンシュタイン SN-2の量産が始まり、1943年末には配備が進みました。
洋上捜索レーダーから生み出されたSN-2は、波長が3.3mと長く、周波数も3段階切り返え式で「ウィンドウ」の妨害に強くなりました。履域範囲も左右合計120°、上下合計100°と広く、最大探索距離4kmはBCとC-1を上回りましたが、アンテナが「ヒルシュゲヴァイ(鹿の角)」と呼ばれるほど大型になり、当然ながら抵抗の増大を招いて装備機の速度は落ちてしまいました。
また、SN-2の初期型は最小探索距離が500mと遠く、500〜200mの部分をカバーするため当初はC-1を併用しました。

地上邀撃レーダーの「ヴュルツブルク」には、2つのウィンドウ対策装置が考案されました。
1つは「ヴュルツラウス」と呼ばれ、ドップラー効果を応用して高速で移動する飛行機と、いったん散布されれば動きがごく緩慢になる「ウィンドウ」とを区別し、前者だけをスコープに映す仕組みで、もう1つの「ニュルンベルク」は、機体および「ウィンドウ」に当たって戻る両反射波の差を音で表現する装置でした。
1943年9月中旬、両方装置を「ヴュルツブルク」に付加できると判明し、ただちに改修作業に入りました。

さらに続いて、イギリス空軍爆撃機に装備されたH2S地形表示レーダーの電波に感応するテンフケン社FuG 350 ナクソスZと、ドイツ夜間戦闘機の接近を知る「モニカ」後方警戒装置の電波を捕らえるジーメンス社FuG 227 フレンスブルクが、それぞれ実用段階に達しました。両方とも敵の発した電波を捕らえる電波探知装置(ホーマー)で、相手の電波を逆手にとって敵を見つける装置でした。

Ju88 G6風防上部にFuG 350 ナクソスZの受信器、機首にFuG 220 リヒテンシュタイン SN-2d、機首下部から突き出しているのはFuG 16ZY モラーネを装備したJu 88G-6。

これらの各種の新兵器は1943年秋の間に部隊配備が始まり、1944年の戦闘に有効性を実証するのでした。

参考資料

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メタデータ:

投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2009年8月10日 01:29 更新日時:2009年8月10日 01:37
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1943/1943_18.shtml

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