1. メニューへ移動
  2. 本文へ移動

明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

血の三月(イギリス空軍最悪の日)

イギリス空軍爆撃機兵団の最悪の日は「ベルリン空襲」が終わった6日後の1944年3月30日にやってきました。この夜に発進した572機のアブロランカスター」、214機のハンドレページハリファックス」、9機のデハビランドモスキート」で計795機。目標はニュルンベルクでした。
この夜、本土方面のドイツ夜間戦闘隊の全力、すなわち第1戦闘師団JD 1)、第2戦闘師団JD 2)、第3戦闘師団JD 3)、第4戦闘師団JD 4)、第7戦闘師団JD 7)指揮下の各航空団は、敵機進入の予報を受けて出撃準備を完了していました。迎え撃つ戦力は双発夜間戦闘機361機、単発夜間戦闘機150機でした。

イギリス空軍爆撃機群は、アーヘンカッセルを少数機の陽動部隊が欺瞞攻撃を行う中を、ジグザグのコースをとってニュルンベルクへ向かいました。主力の爆撃機兵団は、ケルン南西のビーコン「イダ」と、フランクフルト当方のビーコン「オットー」の間を直進し、「オットー」北東でコースを変えて目標へ向かう手はずでした。

イギリス空軍機群がベルギーの海岸線に差しかかったとき、第1戦闘師団JD 1)、第2戦闘師団(JD 2)、第3戦闘師団JD 3)から夜間戦闘機246機が発進し、第3戦闘師団JD 3)の各部隊は、「イダ」、第1戦闘師団JD 1)、第2戦闘師団JD 2)は「オットー」の上空で待機した。この戦力は21個中隊、約200機でした。
単発夜間戦闘機の「ヴィルデ・ザウ」部隊は、3個中隊が「オットー」上空、4個中隊が「ノルトポール」上空に展開しましたが、両方とも予備戦力の配置でした。両部隊は敵の進路変更に備えるためで、前者はフランクフルト、後者はベルリンを守る任務を持っていました。

イギリス空軍爆撃機群は襲ってくれ、といわんばかりに、まず「イダ」、次いで「オットー」上空に差しかかりました。イギリス空軍は各種の通信妨害装置で、夜間戦闘機の戦闘誘導将校の指示を妨げようとしましたが、時すでに遅しでした。
夜間戦闘機のクルー達はすでに敵機を目視し、夜間戦闘機に搭載された火器が火を吹くと夜空に次々と火の玉が落ちました。
第7戦闘師団JD 7)の各隊も南ドイツから駆けつけ、「ツァーメ・ザウ」部隊による300km以上もの長距離追撃戦が始まったのでした。

マルティーン・ベッカー第3戦闘師団JD 3)の特別部隊、第7爆撃航空団第I照明飛行隊が、パラシュートを付けた照明弾を投下し、浮かび上がった爆撃機に、夜間戦闘機が攻撃を仕掛けました。
ニュルンベルクへの投弾直後に「ウィンドウ」の投下頻度が増しましたが、長波長のFuG 220 リヒテンシュタイン SN-2には効果がありませんでした。
第6夜間航空団第I飛行隊(I./NJG 6)のマルティーン・ベッカー中尉1916年4月12日ドイツ空軍は7機を撃墜して、この夜の戦功者の筆頭に立ち、第5夜間航空団第II飛行隊(II./NJG 5)のヘルムート・ベッカー少佐1918年6月13日ドイツ空軍は、「シュレーゲ・ムジーク」の射弾わずか56発で、4機を撃墜しました。
報告された撃墜戦果は確実101機、不確実6機でした。

イギリス空軍は往路で82機、帰路で13機の計95機、全体の11.9%を失いました。
これは、第二次世界大戦中にイギリス空軍が実施した大規模爆撃のうち、最悪の記録として残りました。その上大破34機、基地近くに不時着して破棄されたものが12機、という大きな損失が加わりました。

1944年1月から3月にかけては、ドイツ夜間戦闘隊がその存在を最も誇りえた期間でした。3ヶ月合計で760機の撃墜を報じましたが、高射砲部隊の戦果もあって、実際のイギリス空軍の損失は未帰還796機に及んでいます。
とりわけ1944年1月は308機の撃墜戦果を挙げ(英側記録では未帰還314機)、ドイツ夜間戦闘隊の月間最高記録を達成しました。

1944年3月31日にかけてのニュルンベルク空襲を最後として、イギリス空軍爆撃機兵団による大都市部への地域爆撃はその後、半年間は実施されませんでした。
連合軍のノルマンディ上陸作戦の準備のため、フランス、ベルギー方面への戦術爆撃に主力を投入し、上陸後も地上部隊の支援や各施設の攻撃に従事したからでした。もちろん、この間にもドイツ夜間戦闘部隊との戦闘は、その度合いを緩めず、繰り返し行われていました。

カテゴリ:

メタデータ:

投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2010年5月 7日 23:52 更新日時:2010年5月 7日 23:59
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1944/1944_04.shtml

関連記事一覧

  1. 王族エース ヴィトゲンシュタインの死
  2. 1944年のベルリン爆撃
  3. ベルリン爆撃の終焉
  4. 血の三月(イギリス空軍最悪の日)
  5. ユンカースの台頭
  6. シェーネルトの独立単座夜間戦闘機部隊
  7. カムフーバー・ラインの崩壊
  8. ヴェルターとRAF第100集団のモスキート
  9. 追い込まれるレーダー技術
  10. 増加する機材と欠乏する燃料
  11. トップエース ヘルムート・レントの死
  12. 1944年の総決算