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明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

ユンカースの台頭

1944年のドイツ空軍では戦闘機増産の大号令がかけられました。その多くは昼間単発戦闘機でしたが、夜間戦闘機も1943年の合計1,713機の生産数に対し、4,118機と2.4倍もの増産が実行に移されました。
1943年の夜間戦闘機生産数のうち最も多いのはBf 110の789機で、Ju 88より若干多かった程度でしたが、1944年にはこれが完全に逆転し、Ju 88は2,518機が作られてBf 110の1.8倍に達しました。
同様に実戦部隊への配備数も、1944年7月末にはJu 88が各型合計674機になり、Bf 110の558機を超えて以後その差はどんどん開いていきました。

Ju 88G11944年の夏における各機の主力型は、Bf 110がG-4、Ju 88がG-1で、どちらもリヒテンシュタイン SN-2レーダーを装備していました。Ju 88G-1はC型の尾翼を大型化し、エンジンをC型の液冷のJumo 211から空冷のBMW 801D 1,700馬力に換装して出力を向上させました。続いて登場するJu 88G-6では、再び液冷のJumo 213に戻しさらなる馬力増加を図りました。

Ju 88がBf 110の生産数を追い抜いた要因は、各電波兵器の装備と武装の強化にありました。
FuG 220 リヒテンシュタイン SN-2dの大型アンテナを付け、MK 108 30mm機関砲2門の「シュレーゲ・ムジーク」を積んだBf 110G-4d/R3では最大速度が485km/hに落ち、もはやアブロランカスター」に対してすら優速を保てない状態でした。
この点、大型のJu 88はレーダーアンテナや火器の重量増加をエンジンの出力向上で十分に補え、「ナクソス」Zや後方警戒用にSN-2のアンテナを尾部につけても、Bf 110よりもずっと速かったのでした。Ju 88G-1の最大速度520km/hが、Ju 88G-6では540km/hに向上したほどで、Ju 88の優位は明らかでした。
そしてDo 217は1943年9月にすでに生産終了しており、1944年夏の時点で50機あまりが部隊に残っているだけでした。

動き出す夜間専用戦闘機

He 219

He219A-5/R1夜間戦闘専用機として開発されたHe 219は、高速のため捕らえにくいデハビランドモスキート」の撃墜にも活躍していましたが、生産数は月産10〜20数機と相変わらず少なく、1944年6月の時点で、第1夜間航空団第I飛行隊(I./NJG 1)が可動機20機を持っているほかは、第1夜間航空団第II飛行隊(II./NJG 1)と第10夜間飛行隊NJGr 10)に数機ずつ置かれているだけでした。
上の写真は試作53号機を量産型の基本型にした。He 219A-5/R1。レーダーはFuG 212 リヒテンシュタイン C-1を併用したFuG 220 リヒテンシュタイン SN-2bを装備。

Ta 154

Ta154A-03He 219に続く夜間戦闘専用機フォッケウルフTa 154は基本設計からわずか10ヶ月後の1943年7月に原型機を飛ばすスピード開発で、性能も高高度で650km/hの優速を発揮しました。ただちに250機を受注しましたが、木製部品を多く使用したのが仇になり、接着剤の不具合などで事故が相次いだため量産はキャンセルされました。わずかに7機が、第3夜間航空団本部小隊(Stab./NJG 3)や第10夜間戦闘飛行隊NJGr 10)などに送られ、1944年7月から短期間使われて終わりました。
上の写真はTa 154A-0。試作第3号機(V3)で、FuG 212 リヒテンシュタイン C-1を装備。

Ju 388

Ju388J-1Ju 88の発展型で多用途機を目指したJu 388に、1944年に入って計画が加えられたのが夜間戦闘型Ju 388Jでした。開発の発端が「イギリス空軍は高高度用重爆撃機を開発中」との情報に基づいていたため、ターボ過給器装備のBMW 801TJエンジン(高度1,2300mで1,410馬力)を用い、高度1,2000mで580km/hの最大速度を出す予定が立てられました。気密式のコクピットや遠隔操作式の尾部銃塔など、高度な仕組みが盛り込まれましたが、エンジンに不具合が多く水・メタノール噴射式のJumo 213Eへの換装が考えられました。そもそもイギリス空軍に「高高度重爆撃機」は存在せず、計画そのものが無意味だったわけですが。
しかしそうとは知らないドイツ空軍は388実験隊(EKdo 388)を編成して、1945年1月からレヒリン 実験場で飛行テストを開始しました。しかし性能も推算値をかなり下回ったため、翌1945年2月には生産計画の中止が決まり、戦うことなく試作機3機だけで消えていきました。
上の写真はJu 388Jの原型1号機になった試作2号機(V2)。FuG 220 リヒテンシュタイン SN-2c(たぶん)を暫定的に装備。

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メタデータ:

投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2010年6月20日 19:55 更新日時:2010年6月21日 00:53
URL:http://www.nachtjagd.org/history/1944/1944_05.shtml

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