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明るい夜間戦闘

第二次世界大戦のヨーロッパ上空で繰り広げられたドイツとイギリス、アメリカの知られざる夜間戦闘の歴史や航空機、技術の紹介しています。

第6夜間航空団(NJG 6)

1943年5月にルーマニアのオトペニJilişte(Jiliste,Ziliştea,Jilistea,Zilistea)で編成され、次いで1943年8月1日に第4夜間航空団第IV飛行隊(IV./NJG 4)が第6夜間航空団I飛行隊(I./NJG 6)に改称されました。同時に第6夜間航空団II飛行隊(II./NJG 6)が新規編成されて航空団としての戦力が整いました。

1944年5月10日に第5夜間航空団第II飛行隊(II./NJG 5)が改称して第6夜間航空団III飛行隊(III./NJG 6)となり、4個飛行隊が揃いました。
第6夜間航空団I飛行隊(I./NJG 6)と第6夜間航空団II飛行隊(II./NJG 6)は中、南部ドイツを担当とし、第6夜間航空団III飛行隊(III./NJG 6)は1944年10月までハンガリー、クロアチア方面を転戦した後、ドイツ本国に戻りました。
そして敗戦直前の1945年4月16日に解散するまでに、約400機撃墜の部隊戦果を記録しました。

本部

航空団長

任期 名前
1943年8月10日1944年2月8日 フリッツ・シェファー少佐
1943年2月9日〜1944年3月15日 ハインリヒ・ボーラース少佐
1944年3月16日〜1944年4月14日 フォン・リーケン中佐
1944年4月15日〜1944年9月12日 ハインリヒ・グリーゼ少佐
1944年9月13日〜1945年5月8日 ヘルベルト・リュッティエ中佐

編成

1943年9月15日にシュライスハイムで編成されました。

拠点

日付 拠点 所属組織 使用機材
1943年9月1944年12月 シュライスハイム 第7戦闘師団(7.JD Bf 110
1944年12月1945年5月 キッチンゲン 第7戦闘師団(7.JD Bf 110

第I飛行隊(I./NJG 6)

飛行隊長

任期 名前
1943年8月1日1944年2月9日 ハインリヒ・ボーラース少佐
1944年2月19日1944年4月24日 ハインツ・レシュケ少佐
1944年4月26日1944年7月3日 カール・ハーデバール大尉
1944年7月12日1945年3月16日 ゲアハルト・フリードリヒ少佐
1945年3月19日1945年5月8日 ペーター・シュポーデン大尉

編成

1943年8月1日にマインツで、第4夜間航空団第IV飛行隊(IV./NJG 4)から編成されました。

  • 第6夜間航空団第I飛行隊本部(Stab I./NJG 6)は第4夜間航空団第IV飛行隊本部(Stab IV./NJG 4)から編成されました。
  • 第6夜間航空団第1中隊(1./NJG 6)は第4夜間航空団第10中隊(10./NJG 4)から編成されました。
  • 第6夜間航空団第2中隊(2./NJG 6)は第4夜間航空団第11中隊(10./NJG 4)から編成されました。
  • 第6夜間航空団第3中隊(3./NJG 6)は第4夜間航空団第12中隊(12./NJG 4)から編成されました。

1945年3月30日に第6夜間航空団第1中隊(1./NJG 6)に縮小し、第6夜間航空団第I飛行隊本部(Stab I./NJG 6)、第6夜間航空団第2中隊(2./NJG 6)、第6夜間航空団第3中隊(3./NJG 6)は解散しました。

拠点

日付 拠点 所属組織 使用機材
1943年8月1日1944年3月 マインツ 第5戦闘師団(5.JD
第7戦闘師団(7.JD)(1943年9月から)
Bf 110
1944年3月1944年6月 イレスハイム 第7戦闘師団(7.JD Bf 110
1944年6月1944年9月(?) ノイビーベルク(ミュンヘン近郊)* 第7戦闘師団(7.JD Bf 110, Ju 88G
1944年9月1945年5月 グロースザクセンハイム 第7戦闘師団(7.JD Bf 110, Ju 88G

第6夜間航空団第1中隊(1./NJG 6)はエヒターディンゲンハイルフィンゲンに派遣していましたが、1944年6月6日から6月20日の間は各地を転々としていました。
6月6日はハイルフィンゲンからデーレンへ、6月15日はノイビーベルク経由でキツィンゲンへ移動し、6月16日はデーレンに戻り、6月17日はノイビーベルクに移動し、6月18日はマインツへ行き、6月19日はまたデーレンへ移動した後、6月20日にノイビーベルクに戻るなど迷走していました。

第II飛行隊(II./NJG 6)

飛行隊長

任期 名前
1943年9月15日1944年7月14日 ロルフ・ラウクス少佐
1944年7月23日1945年5月8日 ヘルムート・シュルテ大尉

編成

1943年9月15日にノイブルクで編成されました。

  • 第6夜間航空団第II飛行隊本部(Stab II./NJG 6)は新規編成されました。
  • 第6夜間航空団第4中隊(4./NJG 6)は新規編成されました。
  • 第6夜間航空団第5中隊(5./NJG 6)は新規編成されました。
  • 第6夜間航空団第6中隊(6./NJG 6)は新規編成されました。

1945年3月30日に第6夜間航空団第4中隊(4./NJG 6)に縮小し、第6夜間航空団第II飛行隊本部(Stab II./NJG 6)、第6夜間航空団第5中隊(5./NJG 6)、第6夜間航空団第6中隊(6./NJG 6)は解散しました。

拠点

日付 拠点 所属組織 使用機材
1943年9月1943年10月 ノイブルク 第7戦闘師団(7.JD Bf 110
1943年10月1944年5月 シュトゥットガルトエヒターディンゲン* 第7戦闘師団(7.JD Bf 110
1944年5月1944年6月 ゲーディ(イタリアのブレシア近郊) 第2航空艦隊(2.Lfl Bf 110
1944年6月1944年9月(?) シュトゥットガルトエヒターディンゲン** 第7戦闘師団(7.JD Bf 110
1944年9月1945年5月 シュヴェービッシュ・ハル 第7戦闘師団(7.JD Bf 110, Ju 88G

* キツィンゲンシュヴェービッシュ・ハルに派遣されていました。
** 1944年6月中の短期間にフェンローで作戦を行っていました。

第III飛行隊(III./NJG 6)

飛行隊長

任期 名前
1944年5月10日1945年2月 レオポルト・フェレラー大尉
1945年2月1945年3月31日 ヴィルヘルム・ヨーネン大尉
1945年4月1日1945年5月8日 フロイトグラフ大尉

編成

1944年5月10日にフランスのアグノー第5夜間航空団第II飛行隊(II./NJG 5)から編成されました。

  • 第6夜間航空団第III飛行隊本部(Stab III./NJG 6)は第5夜間航空団第II飛行隊本部(Stab II./NJG 5)から編成されました。
  • 第6夜間航空団第7中隊(7./NJG 6)は第5夜間航空団第4中隊(4./NJG 5)から編成されました。
  • 第6夜間航空団第8中隊(8./NJG 6)は第5夜間航空団第6中隊(6./NJG 5)から編成されました。
  • 第6夜間航空団第9中隊(9./NJG 6)は第5夜間航空団第5中隊(5./NJG 5)から編成されました。

1945年3月30日に第6夜間航空団第7中隊(7./NJG 6)に縮小し、第6夜間航空団第III飛行隊本部(Stab III./NJG 6)、第6夜間航空団第8中隊(8./NJG 6)、第6夜間航空団第9中隊(9./NJG 6)は解散しました。

拠点

日付 拠点 所属組織 使用機材
1944年5月1944年6月 アグノー 第7戦闘師団(7.JD Bf 110
1944年6月1944年10月 ソンバトヘイハンガリー 第8戦闘師団(8.JD Bf 110
1944年10月1944年11月 ライプハイム 第8戦闘師団(8.JD Bf 110, Ju 88G
1944年9月1945年2月 ヴァールハンガリー)* 第I航空軍団(I. FK
第4航空艦隊(4.Lfl)(1945年1月から)
Bf 110, Ju 88G
1945年2月1945年5月 ノイビーベルクバート・アイブリング 第7戦闘師団(7.JD Bf 110, Ju 88G

* ここが当時のヴァールなのか自信はありません。

第IV飛行隊(IV./NJG 6)

飛行隊長

任期 名前
1943年6月1944年10月26日 ヘルベルト・リュッティエ少佐
1944年10月20日1945年5月8日 マルティーン・ベッカー大尉

編成

1943年5月にオトペニJilişte(Jiliste,Ziliştea,Jilistea,Zilistea)で編成されました。

  • 第6夜間航空団第IV飛行隊本部(Stab IV./NJG 6)は新規編成されました。
  • 第6夜間航空団第10中隊(10./NJG 6)は新規編成されました。
  • 第6夜間航空団第11中隊(11./NJG 6)は新規編成されました。
  • 第6夜間航空団第12中隊(12./NJG 6)は新規編成されました。

1945年3月30日に第6夜間航空団第10中隊(10./NJG 6)に縮小し、第6夜間航空団第IV飛行隊本部(Stab IV./NJG 6)、第6夜間航空団第11中隊(11./NJG 6)、第6夜間航空団第12中隊(12./NJG 6)は解散しました。

拠点

日付 拠点 所属組織 使用機材
1943年5月1944年8月 オトペニ、Jilişte*1 ルーマニア戦闘航空兵指導官*3(Jafü Rumänien)
バルカン戦闘航空兵指導官*3(Jafü Balkan)(1944年2月から)
Bf 110
1944年8月1944年9月 ライプハイム 第8戦闘師団(8.JD Bf 110
1944年9月1945年1月 シュライスハイム*2 第7戦闘師団(7.JD Bf 110, Ju 88G
1945年1月1945年5月 ノイビーベルクバート・アイブリング 第7戦闘師団(7.JD Bf 110, Ju 88G
  1. 第6夜間航空団第12中隊(12./NJG 6)はオトペニ第6夜間航空団第11中隊(11./NJG 6)はJilişteを拠点にし、ブカレストフォクシャニ(ルーマニア)、ブザウ(ルーマニア)、StopaniやTelishブルガリア)などへ派遣されていました。
  2. ゲーロルツホーフェンからキツィンゲンインゴルシュタットへ派遣されていました。
  3. 戦闘航空兵指導官(Jagdfliegerführer):航空艦隊司令長官に直属する戦闘機部隊の司令官。通常、大佐が任ぜられました。通称 "ヤーフュ(Jafü)"。
    1940年に航空軍団(Fliegerkorps)の編成を見直し、それまで航空軍団の隷下にあった戦闘機部隊を戦闘機司令官の指揮下に置きました。
    これは一見すると戦闘機部隊の集中運用による攻撃力の強化を図ったもののように受け止めれますが、実際は全くの逆で、真の目的は戦闘機部隊の爆撃機部隊への護衛の徹底化であり、それまで爆撃機に対する護衛は部隊長の自由裁量権がありましたが、それが剥奪されてしまう結果になりました。

第V飛行隊(V./NJG 6)

飛行隊長

任期 名前
1943年6月1943年7月 パウル・ゼムラウ少佐

編成

1943年6月にシュトゥットガルト/ネリンゲンで編成されました。

  • 第6夜間航空団第V飛行隊本部(Stab V./NJG 6)は新規編成されました。
  • 第6夜間航空団第13中隊(13./NJG 6)は新規編成されました。
  • 第6夜間航空団第14中隊(14./NJG 6)は新規編成されました。
  • 第6夜間航空団第15中隊(15./NJG 6)は新規編成されました。

1943年7月に第2夜間航空団第III飛行隊(III./NJG 2)に改編されました。

  • 第6夜間航空団第V飛行隊本部(Stab V./NJG 6)は第2夜間航空団第III飛行隊本部(Stab III./NJG 2)になりました。
  • 第6夜間航空団第13中隊(13./NJG 6)は第2夜間航空団第7中隊(7./NJG 2)になりました。
  • 第6夜間航空団第14中隊(14./NJG 6)は第2夜間航空団第8中隊(8./NJG 2)になりました。
  • 第6夜間航空団第15中隊(15./NJG 6)は第2夜間航空団第9中隊(9./NJG 2)になりました。

拠点

日付 拠点 所属組織 使用機材
1943年6月1943年7月 シュトゥットガルト/ネリンゲン 第7戦闘師団(7.JD Bf 110

教育中隊(Schulstaffel/NJG 6)

1944年4月12日に第6夜間航空団(NJG 6)の一部を抽出して編成され、1944年4月12日から1944年6月26日の間は第6夜間航空団第5(教育)中隊(5.(Schulstaffel)/NJG 6)として活動していました。

1944年12月に第6夜間航空団第16中隊(16./NJG 6)に再編成されましたが、1945年1月1日に第6夜間航空団本部附中隊(Stabsstaffel/NJG 6)に名称変更しました。

拠点

日付 拠点 所属組織 使用機材
1944年4月12日1944年6月22日 シュライスハイム   Bf 110, Ju 88
1944年6月23日1944年11月10日 キッチンゲン   Bf 110, Ju 88
1944年11月10日1945年5月1日 シュライスハイム   Bf 110, Ju 88

参考資料

カテゴリ:

メタデータ:

投稿者:IMAGEDRIVE
公開日時:2009年8月15日 00:16 更新日時:2009年8月20日 00:00
URL:http://www.nachtjagd.org/unit/night/luftwaffe/njg6.shtml

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